嶺男窯変芸術 mineo youhen art

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zoom RSS 2007年12月12日(HPより)

<<   作成日時 : 2011/09/11 00:22   >>

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岐阜県現代陶芸美術館での嶺男回顧展会期中には、渡部誠一副館長と、私・美喜が対談をさせて戴くという機会を得まして、今まで言いたくてもなかなか言えなかったことを全てとは言わないまでもある程度、発表することができました。
また、中学校高校の同級生だった女優の竹下景子さんが会場においで下さり、渡部誠一副館長の明快かつ深い洞察力ある解説でお出迎え戴き、私も大変勉強になりました。

次の回顧展巡回館であった山口県萩市浦上記念館では、開会式当日、生前の父と親交のあった三輪休雪先生、アートサロン光玄の中林幸雄さんと私の3人で鼎談をさせて戴く機会を得ました。父の生の声を聞いていた人達という人選でしたので、父の生き生きした姿を浮かび上がらせることができましたのと同時にまた新たな、考えなければならない課題も戴きました。
中でも、三輪先生の「数々の困難が、嶺男先生の作品をより力強くしている。乗越えなければならない困難が多いほど芸術家はより強くなることができる。」というお言葉には、衝撃を感じました。

あれからずっと、そのことを考えていました。困難と芸術・・・確かに父の人生には、普通では考えられないほどの多くの困難が待ち受けていました。まだ皆さんにお話していないこともたくさんあります。しかし、父の不屈の精神がありとあらゆる困難を乗越え、作品を通じて「力強く生きろ」というメッセージを伝えているということ、このことは、父の人生が幸せで平穏であって欲しかったと願っている娘である私にとっては、なかなか受け入れ難いことでもあったのです。
あれから、2ヶ月近い月日が流れ、多くの人に会い、父の若い頃の作品に出会い、やっと、受け入れることができるようになりました。
困難は、それを乗越えた者のみがそれを糧にすることができることを、父は誰よりもよく知っていたのだと思います。
しかし、父は、自身、数々の困難を乗越えた強い精神力があるからこそ、私に対してそうであったように、他者に対してあくまでも優しく、父の作品を見る人の気持ちを包み込んで放さないのだということにも思い至りました。これこそが、父がノートに書き記していた、芸術の本質はヒューマニズムだということの意味でもあるのでしょうか。
父の人生における困難が、結局は芸術の本質であるところのヒューマニズムとして昇華していったのだと、やっと納得することができました。

12月14日は、兵庫陶芸美術館で、嶺男展開会式。
15日には、父と親交のあった乾由明館長が私との対談を通じて、父のことをお話し下さいます。乾館長が、まだ京都国立近代美術館におられた時に、父に連れられてお訪ねした時の情景をありありと思い出します。乾先生も父もまだ若く、二人とも、本当に颯爽として知的で素敵でした。兵庫では、また多くの人との出会いがありますよう願っております。





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