嶺男窯変芸術 mineo youhen art

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zoom RSS 2007年7月14日(HPより)

<<   作成日時 : 2011/09/11 00:21   >>

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2007年7月14日
岐阜県現代陶芸美術館での展覧会は、昨日、無事始まりました。
開会式で榎本館長の仰った
「20世紀後半の陶芸界には2人しか天才がいません。岡部嶺男と加茂田章二です。」
とのお言葉を天国にいる父もきっと聞いていてくれたことと思います。
岐阜県現代陶芸美術館では、岐阜だけの特別展示として
「捧 小山冨士夫先生 三州猿投住 加藤嶺男 昭和三十五年十月一日」
と釘彫りされた瓶子が展示されています。箱書きには「昭和銘瓶」とあり、この瓶子の回顧展出品を強く望んでいた母が、大変喜んでいます。


父は、昭和35年、永仁の壷の事件が起きた時、昭和32年河出書房発行の世界陶磁全集2・奈良・平安・鎌倉・室町篇の「瀬戸 飴釉永仁二年銘瓶 鎌倉」を小山冨士夫先生にお見せしながら
「この瓶子の器胎を作り、窯に入れて焼いたのは私です。鎌倉時代の作ではありません。」
と告白しました。
「でも『水野四郎政春』等の銘を入れたのは父親です。10代で既に一家の働き手だった自分としては、銘を入れただけで、土作り・釉薬作り・窯での焼成など製作の一切には関わっていなかった父親を告発することはできませんでした。その時、瓶子のほかにも多数の灰釉・飴釉の作品を作っており、それらは、若い自分なりの創作だったので、まさか鎌倉時代の作に化けるとは思っていませんでした。その後、戦争に行ってしまったこともあって、鎌倉時代の作として売られた経緯については、詳しいことは知りません。」
と全てを打ち明けました。
その昭和35年(焼成は36年)に肺結核により右肺の機能を失いつつも、小山冨士夫先生に昭和12・3年の時と同じ作り方で「昭和銘瓶子」を制作して捧げた、父の思いはいかばかりだったでしょう。

岐阜県現代陶芸美術館だけの特別展示室には、ブルーともグリーンとも決め難い、美しい青瓷砧と窯変米色瓷博山炉が陽光の下で見られるというしかけもあり、
「青瓷は晴れた日の午前中の光で見るのが一番いいという願ってもなかなか叶えられない究極の贅沢が満喫できます。
雄大な大自然の中、太陽の光を浴びる青瓷の美しさと窯変米色瓷の2重・3重貫入の煌く様をご堪能下さい。



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