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8月6日は、私が生まれる前に死んでしまった兄・辰男の命日です。ものごころついた頃から、この小さな命の死は広島原爆への思いと重なって、辛く重いしこりのようになって、私の心を塞いでいました。 1950年(昭和25)のその日、母・辰子は、身重の自分が食べる物も削って、しょちゅう現れる嶺男の両親や弟妹に食べさせてしまったことを、大変後悔することになります。不幸な戦争の結果、食糧難の続く時代でもありました。 研究と制作に没頭する嶺男を、しっかり栄養を摂ることもせずに、重労働で支えた結果の早産。 しかも、夫・嶺男の作品が義父の作品ということになって世の中に出て行っているらしい。 母が父との別れを決意したのも無理からぬことだったと思います。 父は、この時、母に、自分を苦しめ続けてきた父親のことを初めて話し、このような状況から抜け出すため協力して欲しいと頼みつつも、判断は母に任せます。 逡巡の後、母は父と共に生きることを選びました。今から58年前の夏のことです。 |
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